食に関する(´ω`) 4
わたしたちがいまだ味覚について初歩的にしか教育されていない幼児の段階において、食物について「好き」「嫌い」の判断を下せるのは、先天的に何らかの規準をすでに持っているせいにほかならないからです。
この個別的な「好き」と「嫌い」の判断を支えた規準が、やがて普遍的な良否の判断を支える規準に、洗練されていかないはずがないのです。
にもかかわらず、人々が、成人して料理評論家たちの押しつけがましい規準を唯々諾々と受け入れてしまうのは、この個別性を普遍性に置きかえるべく行われる、教育課程に問題があるせいではないのでしょうか。
つまり、本来わたしたちは味覚についてのはっきりした規準を持っていたにもかかわらず、教育によって、むしろそれを失いつつあるのではないか、というのがこの考え方の骨子です。